放射線科医へのインタビュー
前立腺がんの放射線治療とリスクを低減する技術

中村 和正 先生
浜松医科大学 放射線腫瘍学講座 教授
放射線治療の専門医として
Q. 普段どのような業務をされていますか?
A. 浜松医科大学の放射線腫瘍学講座で教授を務めており、日本放射線腫瘍学会や日本頭頸部癌学会の理事も拝命しております。放射線領域の中で、前立腺がんを含む泌尿器腫瘍は専門分野の一つです。
Q. 患者さんと直接関わることはありますか?
A. はい。外来で患者さんを診察し、治療計画を立てることもあります。若い医師が進める場合が多いですが、私が全部チェックします。また、治療後の経過観察にも関わっています。
Q. 患者さんを外来で診るうえで、どのようなやりがいを感じますか?
A. できるだけ分かりやすく説明するよう心がけているので、「よく分かった」と言っていただけると嬉しいです。治療を行った患者さんが良くなっていく姿を見るのも嬉しいです。
放射線治療をよく理解してもらうための取り組み
Q. 分かりやすい説明を行うために、どのような取り組みをしていますか?
A. 患者さん向けに、放射線治療の流れや副作用などをまとめたイラストや音声付きの15分程度の動画を用意しています。ポイントは、副作用について私の経験を踏まえて詳しく説明していることと、どの先生が担当しても同じ内容を伝えられるように工夫していることです。さらに、説明同意書の並びと同じ順番で説明することで、患者さんが理解しやすくなるようにしています。
Q. 患者さんは資料をどのタイミングで見るのですか?
A. 患者さんの病歴から「放射線治療で進めましょう」という段階になったときに、まず先ほど紹介した動画を見ていただきます。その間に私たちは書類を作成したり、検査の予約を入れたりしています。その後、改めて文章で説明し、副作用のリスクなどを理解していただいたうえでサインをいただき、看護師からの説明を受けてお帰りいただく流れになっています。
Q. 患者さんが実際に動画を見たときの反応はいかがですか?
A. 動画を用いる前は、担当医ごとに説明するリスクの範囲などのばらつきがありましたが、今はある程度統一できています。また、イラストもあるため、患者さんからは理解しやすいと言っていただいています。例えば「直腸に便がたまって膨らむと前立腺の位置がずれるので注意してください」という説明も、イラストで示すことでイメージしやすくなり、理解度が高まっていると感じています。
Q. 患者さんとのコミュニケーションで、大切にしていることは何ですか?
A. 患者さんが治療をしっかり理解できるように、できるだけ分かりやすく説明することが、患者さんとの信頼関係の構築につながり、非常に重要だと思っています。必要に応じて図を活用することで、専門用語をなるべく使わず説明するように工夫しています。
Q. 患者さんとコミュニケーションをとるうえで、難しいと感じることはありますか?
A. 多くの治療法があるために悩まれる患者さんが多いと感じます。放射線治療についてよく理解してもらえるように説明することを心がけています。

前立腺がんの放射線治療について
Q. 前立腺がんの放射線治療には、どのような方法があるのですか?
A. 外から放射線を当てる「外部照射」と、放射性物質を小さなカプセルなどに入れて前立腺内へ直接届ける「小線源治療」があります。
外部照射には、X線を使う治療と粒子線を使う治療の2種類があり、X線を用いた治療では、従来、前立腺の形に添って均一に照射する「三次元原体照射法」が一般的でした。近年では放射線の強さを変えながら直腸への線量を落として照射する「強度変調放射線治療(IMRT)」が主流で、直腸などへの影響を減らす工夫がされています。
小線源治療においては、高線量率(一時的にカテーテルを埋め込んで治療)と、低線量率(体内に埋め込んだカプセルを残して少しずつ放射線をあてて治療)の2種類があります。
Q. 放射線治療を選ぶ目的は何ですか?
Q. 放射線治療でも、前立腺がんを根治できますか?
A. がんが前立腺の中だけにとどまっている場合、手術とほとんど同じ治療成績(がんが治る確率)です。そのため、手術か放射線治療かを迷う患者さんも多いです。それぞれ「こういう利点と欠点がある」と説明し、患者さんに決めていただく必要があります。
Q. 先生の勤める病院では、どのような治療を行っていますか?
A. 当院では、「強度変調放射線療法(IMRT)」というX線を用いた外部照射を行っています。この治療法は全国的にも主流になってきています。ほかの治療法もご希望があれば紹介が可能で、患者さんにはあらかじめその選択肢があることをお伝えしています。
Q. 強度変調放射線治療(IMRT)の身体的な負担は大きいのでしょうか?
A. 小線源治療のように麻酔をかける必要はないため、身体への負担は比較的軽いといえます。ただ、放射線治療は通院回数が比較的多く、37~40回を7~8週間かけて治療するのが一般的でした。近年は、治療回数を少なくする動きが進んでいて、IMRTでは、20回程度(約4週間)に短縮されてきています。
さらに、5回ほどの短期間で行う放射線治療もありますが、治療前の準備としてマーカーやスペーサーを入れるために何度か通院する必要があることがあります。通院のしやすさや仕事との両立なども大きく影響すると思います。
Q. 1回あたりの治療にはどのくらい時間がかかりますか?
A. まず、実際に治療を始める前に「治療計画」を行い、CT撮影をして放射線を当てる位置を決めます。CT撮影自体は30分ほどで終わりますが、そこから医師や専門の職員がコンピューター上で最適な照射方法を検討するために1~2週間ほど必要です。
治療が始まってからは、1回の照射にかかる時間はおよそ10~15分で、実際に放射線が出ているのは2~3分程度です。痛みや熱さなどを感じることは全くありません。
Q. 治療が終わった後の経過観察はどうなりますか?
A. 泌尿器科の医師と経過を見ていきます。ホルモン療法が必要な場合や、尿が出にくくなるなどの副作用が出たときは泌尿器科にて薬を処方します。はじめのうちは1~2か月に1回程度、その後は半年に1回など、症状などに合わせて受診の間隔を延ばしていきます。
Q. 放射線治療による副作用やリスクには、どのようなものがありますか?
A. 放射線治療の副作用は急性期と晩期の2つに分かれています。急性期は、前立腺周辺が放射線による刺激を受けるため、おしっこの回数が増えたり、しみるような症状が出たりすることがあります。多くの場合は時間がたつと元に戻ります。
まれに晩期障害として直腸出血や膀胱からの出血、発がんなどが挙げられます。その中でも最も発生頻度が高い直腸出血を予防・軽減するために、スペーサーという選択肢があります。
Q. マーカーやスペーサーを体内に入れると、異物感はあるのでしょうか?
A. 局所麻酔をかける際に少し痛みがありますが、 マーカーやスペーサーが入ったあとは異物感はありません。
スペーサーは前立腺と直腸の間に入れることで、放射線が直腸に当たる量を減らし、直腸出血のリスクを抑えるために使われています。外部照射や小線源治療でも利用されています。日本では数年前に保険適用されて導入する施設が増えてきており、副作用軽減の1つの方法として活用されています。
Q. 患者さん側から希望すれば、スペーサーを入れることはできるのですか?
A. そうですね、希望する患者さんはいらっしゃいます。特に短期照射や小線源治療では、マーカーを入れるために麻酔をかけるので一緒にスペーサーを入れることが多いです。
ただし、通常照射や粒子線治療では、直腸出血の頻度もそれほど高くないので、施設によって考え方が異なります。

手術と放射線治療、選ぶポイントは?
Q. 手術か放射線治療か迷っている場合、どのように決めればよいのでしょうか?
A. 患者さんやご家族のご希望、価値観が重要だと思います。
Q. 放射線治療を受ける患者さんは、どのようなステップを踏んで先生のところへ来られますか?
Q. 放射線治療は手術と比べて、どのような特徴がありますか?
A. まず、手術をするためには全身麻酔をかけなければなりませんが、放射線治療では全身麻酔は必要ありません。その点では、高齢の方にとっては負担が少ない治療方法と言えます。
副作用については、手術は、男性機能の障害や尿漏れが起きる可能性があります。一方、放射線治療ではそういったリスクは比較的少ないです。ただし、放射線が直腸に当たることで直腸出血や、膀胱からの出血のリスクがわずかにあります。
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放射線治療を迷われている方へ
Q. 放射線治療を選択された患者さんで、特に印象に残っている方はいますか?
A. 70代半ばくらいの男性で、男性機能を維持したいという理由から手術ではなく放射線治療を希望された方がいました。日本では男性機能のことをあまり口にされない方が多い中、その患者さんは手術による男性機能の低下リスクを避けたいとはっきりおっしゃったので、印象に残っています。あとは、晩年に結婚され、子どもがほしいという理由で放射線治療を選ばれ、実際にその後お子さんを授かったという患者さんも記憶に残っています。
また、患者会などで放射線治療の理解が深まり、来院される方もいます。前立腺がんは他のがんと比べて進行がゆっくりな場合が多いので、いろいろな情報を調べてから来られる方もいます。
Q. 放射線治療を検討している患者さんへアドバイスはありますか?
A. どの治療法においても副作用が起こる可能性を理解し、ご自身が納得したうえで治療を選ぶことが大切だと思います。
Q. 前立腺がんの患者さんやご家族から、どんな質問がよく寄せられますか?
A. 副作用について、手術と違ってどのようなものがあるか質問されます。
また、放射線治療後にPSA(前立腺がんの腫瘍マーカー)が一時的に上がる「バウンス」という現象があり、再発ではないかと心配されることがよくあります。実際には一時的な上昇である場合が多いですが、仮に再発が分かっても前立腺がんにはホルモン療法やさまざまな薬があり、他のがんに比べて亡くなる確率が低いことを説明しています。
Q. 放射線は体に悪いというイメージがありますが、実際はどうなのでしょうか?
A. 確かに放射線治療には発がんのリスクがありますが、これは非常にまれです。例えば抗がん剤にも発がん作用があるように、治療に伴うリスクの一つと考えられます。
また、放射線治療に用いる放射線にあたっても放射線は体内に残ることはありません。
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放射線治療の未来について
Q. 放射線治療にはどのような最新の取り組みや今後の展望があるのでしょうか?
A. 大きく2つの流れがあります。
1つ目は「即時適応放射線治療(Adaptive Radiotherapy)」で、治療直前に撮った画像をもとに、前立腺や周囲の臓器の位置を修正して再計画し、より正確に放射線を当てる技術です。今後、機械学習を使ってごく短時間で再計画を実施し、さらに副作用が起こるリスクを減らした治療ができるのではないかとされています。
もう1つは「部分的な線量増加」で、前立腺全体に同じ量の放射線を当てるのではなく、MRIなどで明らかになった腫瘍がある部分にさらに強い放射線を当てる研究が行われています。これによって治療効果を高める可能性があると期待されています。
また、日本ではまだ使えない核医学治療も進歩してきています。転移があり、薬が効きにくい患者さんにも使えるようになる可能性があるので、期待しています。