泌尿器科医へのインタビュー
前立腺がんの手術と治療選択のポイント

赤倉 功一郎 先生
独立行政法人地域医療機能推進機構(JCHO)
三島総合病院 病院長
前立腺がん治療の専門医として
Q. 現在はどのようなお仕事をされていますか?
A. 独立行政法人地域医療機能推進機構(JCHO)三島総合病院の病院長を務めています。病院全体の運営が主な仕事ですが、週に2回は泌尿器科の外来診療も行っています。また、この病院では大きな手術はありませんが、必要に応じて手術に参加することもあります。
Q. 患者さんと接するうえで、どんなところにやりがいや喜びを感じますか?
A. 例えば、尿が全く出なかった方が治療を受けてカテーテルが不要になったり、がんによる痛みがあった方が治療によって楽になったりしたときなど、ご本人やご家族から感謝されると、とても嬉しく感じます。
Q. 患者さんとのコミュニケーションで大切にしていることは何ですか?
A. 泌尿器科では高齢の男性が多く、なかなか自分の希望や考えを言い出しにくい方がいます。そこで、その方が本当に望んでいることを引き出すように心がけています。
Q. 積極的に会話をしてもらうために、具体的にどのような工夫をされていますか?
A. 病気や治療の内容を、できるだけ分かりやすい言葉で丁寧に説明しています。また、一度に長時間かけて詳しく話しても、患者さんが頭の中で整理できないことが多いので、必要に応じて繰り返しお話しするようにしています。
診断結果をお伝えするときは患者さんがおひとりで来られる場合が多いのですが、その後、治療方針を相談する際にはご家族の方と一緒に来院していただくようおすすめしています。
前立腺がんの治療法について
Q. 前立腺がんの進行度によって、どのような治療法がありますか?
Q. 前立腺がんが進行していて根治が難しい場合は、どのような治療を受けるのでしょうか?
A. 前立腺がんは、ホルモン療法が有効ながんの一つです。前立腺がんには、男性ホルモンの刺激によって大きくなる特徴があります。そのため、男性ホルモンの働きや機能を抑えると、がん細胞の増殖が止まって、がんが小さくなるという特徴を持っています。これを利用するのがホルモン療法です。ホルモン療法には、注射薬や男性ホルモンの作用を抑える飲み薬(抗男性ホルモン薬)などがあります。かつては精巣(睾丸)を取り除く去勢手術が行われていましたが、現在では同様の効果を持つ薬剤を使用する治療が一般的です。
抗がん剤は体への負担があるため、前立腺がんでは通常、最初から抗がん剤を使用することは少なく、ホルモン療法が効かなくなった場合に選択されることが多いです。
転移がある場合には、手術や放射線治療では治療が難しいため、ホルモン療法を紹介することがありますが、転移がない場合でも、年齢や体力などを考慮し、負担の大きい治療を避けるためにホルモン療法を選択することがあります。ただし、ホルモン療法にも副作用があるため、治療方針は医師と相談の上慎重に決めることが大切です。
Q. 昔よりも前立腺がん治療の副作用は少なくなっていますか?どのような対策があるのでしょうか?
A.手術に関しては、ロボット手術の進歩により、勃起神経を温存しやすくなりました。ロボットで切除する場所の視野を拡大して勃起神経を確認しながら手術することで、手術後の勃起機能を温存する対策がされています。
また、放射線についても、かつては前立腺に広範囲に照射していましたが、前立腺の立体構造にあわせた照射が可能になりました。コンピューターで綿密に計算し、前立腺の形状に沿って最適に放射線を当てる方法や、粒子線治療といった方法などが開発されています。
また、直腸と前立腺の間にゲルを注入し、距離を広げることで直腸への放射線量を減らす技術も普及しています。これにより、放射線治療の副作用を軽減できるようになっています。

前立腺がんの手術について
Q. 手術治療にはどのような方法がありますか?
A. 根治目的の手術は前立腺がんを完全に取り除くということで、前立腺と精嚢腺という前立腺についている臓器を取り除きます。そうすると膀胱と尿道が切り離されますので、膀胱と尿道を縫い合わせるという方法が一般的です。
近年では、腹腔鏡という内視鏡を使った手術と、それからさらに進歩して腹腔鏡をロボットで操るロボット支援前立腺全摘除術が行われています。
Q. 前立腺がんのロボット手術とはどのようなものですか?
A. 腹部を切開する代わりに、数箇所の穴をあけて、挿入したカメラで中を観察しながら医師がロボットを遠隔操作して手術を行います。
前立腺は体の奥深いところにある臓器なので、ロボットを用いない腹腔鏡手術の場合は、鉗子をうまく操作しながら手術を進めることが難しいですが、ロボットを用いる場合は、腹腔内で鉗子を自由自在に動かせるので、正確な手技がしやすくなります。
Q. 手術で前立腺を取り除いたあと、体にはどのような変化が生じるのでしょうか?
A. 手術後にはいくつかの身体的な変化があり、副作用や合併症として現れることがあります。前立腺のすぐ近くには勃起神経が通っており、通常の手術ではこの神経が傷つくため、勃起障害が生じることがありますが、神経を温存する手術も行われています。
また、前立腺のすぐ下には尿道括約筋があり、手術によって筋肉が傷つくと、くしゃみをしたり重いものを持った時に尿漏れが起きる場合があります。
Q. 手術の前後、患者さんの日常生活には何か影響はありますか?
A. 合併症がなければ、手術後の食事や歩行は比較的早く可能になります。ただし、排尿に関しては、チューブを抜いた後に尿漏れや感覚の違和感、頻尿などの症状が出ることがあります。
Q. 入院期間はどのくらいですか?
A. 病院によって異なりますが、一般的には7~14日程度です。
Q. 手術を受ける患者さんに対して、何かアドバイスはありますか?
A. 以前は手術の適応年齢は70歳くらいまでとされていましたが、ロボット手術の普及により、安全性が高まり、体への負担が軽減されたため、70歳以上の方でも手術が可能になっています。実際には、思ったよりも体への負担は少ないと感じる方が多いと思います。手術後の回復も比較的早く、翌日には食事が可能になります。
手術のあと特に注意が必要な合併症が血栓症(エコノミークラス症候群)です。手術後に長時間寝たままでいると血栓ができるリスクが高まります。そのため、翌日には立っていただくようにしています。
また、手術では膀胱と尿道を縫合するため、手術後はしばらくチューブを挿入する必要があります。これは尿が漏れないようにするためで、5日~1週間程度で抜去されます。
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治療選択で悩まれている方へ
Q. さまざまな治療法の中からどう選べばよいのでしょうか?
Q. 治療や入院期間を気にされる患者さんはいらっしゃいますか?
A. はい。いらっしゃいます。手術治療は、腹腔鏡手術やロボット手術が広く行われるようになっており、通常は長期間の入院が必要になることはありません。
一方、放射線治療は通院での治療が一般的であるため、「通院期間が長いのが負担」と感じる方もいますが、過去には「通院なら仕事を休まずに続けられる」という理由で、放射線治療を選ばれた方もいました。
Q. 男性機能に関する価値観も考慮すべきですか?
A. はい。前立腺がんの治療を考える際には、男性機能についての価値観も重要な要素の一つです。
例えば、ご本人とご家族の考えが異なることもあります。これは単に性行為のためではなく、自分のアイデンティティや精神的な側面にも関わる問題です。
そのため、治療法を選択する際には、医師に遠慮せず、自分の希望を伝えることが大切です。
Q. 前立腺がんの患者さんや家族からはどのような質問が多いですか?
A. 最もよくある質問としては「前立腺がんは治りますか?」といったものです。これは病状によって異なるため、一概には答えられません。医師は「絶対に治る」とは言いにくいので、例えば「5~10年のうちに前立腺がんが命に関わる可能性は低い」といった説明をすることが一般的です。
また、「できるだけ負担が少ない方法を選びたい」という相談がよくあります。前立腺がんは日本でも増えてきていますので、患者さんの同年代の友人が治療したということも多くあります。そういった周りの人のケースを参考にされる方もいますが、病状や体質が異なるため、同じ結果になるとは限らないということを理解することが重要です。
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治療を考えるタイミングと情報収集のポイント
Q. 患者さんが治療法を選ぶタイミングについて、いつ情報を調べたり検討したりするのがよいでしょうか?
Q. 患者さん自身で納得した治療法を選ぶにはどのようなプロセスが有効ですか?
A. 前立腺がんの治療には、さまざまな選択肢があり、それぞれに特徴があります。
治療法の選択は、単純に「手術か放射線か」ではなく、細かい違いを理解することが重要です。しかし、すべてを理解するのは簡単ではないと思います。また「この方法しかない」というケースは少ないため、患者さんご自身の状況や価値観に合った治療法を選ぶことが大切です。
現在は、シェアード・ディシジョン・メイキング(共同意思決定)という、治療方針の際に医療者側から情報を提供し、患者さんとその家族が希望を伝えながら、話し合いを通じて治療方針を決定する考え方が普及してきています。ご本人、ご家族がよく理解したうえで、価値観や生活スタイルに、どの治療法が向いているか、能動的に関わっていただくことで、よりよい治療選択をしていただけるのではないかと思います。
Q. 医師側の情報提供とは何を指していますか?
A. 医師は口頭で説明するだけではなく、メモやパンフレットなどを用意して情報提供を行うことが多いです。ただし、すべての医師や医療機関がすべての治療法に精通しているわけではないため、必要に応じてセカンドオピニオンを活用することも有効です。
インターネットの情報は玉石混合です。中には「切らずに治る」などのような、科学的根拠のない情報も含まれており、誤った選択につながる可能性があります。そのため、がん情報サービスのような、信頼できる情報源を参考にすることが大切です。
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セカンドオピニオンについて
Q. セカンドオピニオンを受ける患者さんの印象はいかがでしょうか?
A. 「先生にお任せします」という患者さんは、以前に比べて少なくなってきています。ご本人だけでなくご家族(特にお子さん)などがインターネットで調べて、治療について詳しく話を聞きたいというケースが増えています。
Q. セカンドオピニオンを医師に伝えるのが少し気が引けるのですが…
A. 以前は「自分の診断を信頼していないのか」と感じる医師もいましたが、現在ではセカンドオピニオンの重要性が広く認識されており、嫌がる医師は少なくなっていると感じます。
Q. セカンドオピニオンを受ける前に事前に考えておくと良いことはありますか?
A. まずは、主治医の説明をしっかり理解したうえで、セカンドオピニオンに臨むことが大切です。事前に主治医の話を信頼できる情報源で復習しておくことで、疑問点がはっきりするのではないでしょうか。
例えば、転移が多く手術が難しい場合には、セカンドオピニオンで手術の可否を聞くよりも、別の治療法について意見を求めた方が有意義だと思います。